人の命の最後の砦と言ってもいい救命救急センター。

これがなければ、さらに多くの人の命が失われていたはずです。

非常に重要な役割を担い、今日も全国各地で患者さんの命を救っているであろう同センターですが、地域差があることも否めません。

深刻な医療格差の存在

救命救急のみならず、全国では医師や病院の数には差があります。

その中でも、その差を埋めることが喫緊の課題となっているのが救命救急の分野なのです。

今現在、日本全国には300施設ほどある救命救急センター。

数そのものは徐々に増えてきているので、これに関しては非常に良い傾向であると言えるでしょう。

そもそも、人口が100万人あたりに必ず1施設がなければならないと決められています。

人口100万人に満たない県であっても、そこには最低1施設が置かれています。

日本全体で均してみると、人口100万人あたりに約2施設存在しているのが現状なので、一見不足しているようには見えません。

都道府県あたりでも5施設を超えています。これだけ見れば十分な気もするでしょう。

しかし、東京に20施設以上あるのに対して、秋田県、山梨県といったところは現在1施設しかない状態。

秋田県は人口が100万人を超えていますから、100万人あたりで1施設を割ってしまっているのです。

鹿児島県もかつてはこの基準を割り込んでいました。

山梨県は100万人あたり1施設はクリアしていますが、ギリギリ超えている程度。

一方、佐賀や島根、高知や徳島といったところは、100万人あたり3施設以上の救命救急センターを有しています。

山口や鳥取、大分なども同様です。

他にも100万人あたり3施設以上の同センターを有している県は幾つかあり、ここから人口あたりの施設数では地域差が露呈していることがうかがえます。

不足する救命救急医

施設を設けたいと考える人や病院があっても、救命救急医の不足によって実現していないケースも少なくありません。

ただでさえ医師不足の状態ですが、責任が重く高度な医療知識や技術が必要な救命救急医は、その数自体が非常に少ないのです。

救命救急センターの原型と言われている「大阪大学医学部附属病院」にかつて存在した特殊救急部。

これが同センターの歴史を作ったと言われています。

最初に登場したのが1967年のこと。

また、同センターとして最初に認可されたのが「日本医科大学附属病院」。

これが1977年のこと。

こうした歴史を考えても、日本の医療の現場は確実に発展していってはいますが、そこで働くことを目指す人が増えてこなければ、救命救急に関する施設も満遍なく設置されることはなく、地域差も埋まりません。

意欲のある人、自信やプライドを持っている人は、この世界に躊躇なく飛び込んでいってもらいたいものです。